2026年3月1日・・・福音のために労するパウロの証し
今、私は、あなたがたのために受ける苦しみを喜びとしています。私は、キリストのからだ、すなわち教会のために、自分の身をもって、キリストの苦しみの欠けたところを満たしているのです。コロサイ1:24(23b-29)
主と教会に仕えるパウロの証しを通して、救いをいただいてキリストに仕える聖徒の幸いを共に確かにしていただきましょう。
《教会のための労苦は喜びであった(23a-24)》
かつてはキリストを認めず、教会を迫害していたパウロだったが、復活のキリストに会って信じ救われました。彼は、この召しのために自分を強くし、忠実な者と認めて任じてくれた主に、感謝しつつ仕えました(1テモテ1:12-13)。彼は、キリストのために、迫害、いのちの危険や、教会の無理解など様々の困難の中で労苦してきましたが(2コリント11:23-28)、この労苦を喜びとしていました。キリストを見続ける時、苦難を通してキリストの死の力が現われ、朽ちない喜びにつながったのです(ヘブル12:2、ピリピ3:10-11)。彼は教会のために、自分の身でキリストの苦しみの欠けを満たしている、と証ししました。救いをもたらすために払われたキリストの犠牲と苦難は余りあるものです。しかし救いの完成のために共に労苦する恵みを、主は聖徒と分かちあってくださるのです。
《神の奥義はキリストが内におられる栄光の望みである(25-27)》
パウロの奉仕の目標は、神の奥義全体を伝えることでした。聖書の「奥義」は、長年隠されてきたが時至って成就し明示された、神の最終的救いのことです。旧約時代に預言され象徴として示されて、人々が受け入れるための準備がされましたが、実現するまでは隠されてきました。そして神の御子が人として誕生し、十字架と復活が成し遂げられて、すべての人に救いの道が開かれたのです。人が想像だにできなかった驚くべき神の奥義の全体を、彼はすべての人に示すために召されたのです(使徒20:27)。それは、私たちの内におられキリスト、栄光の望みです。神は御子にすべての祝福を与え、その御子をを私たちに与えてくださいました。この恵みは無代価で与えられ必ず完成します。
《人々をキリスト者として成熟させるために奮闘している(28-29)》
聖徒として成長するには、学び、訓練し、実践することが必要です。彼は、この救いの知識を判りやすく正しく伝え、聖徒がそれを実践して体験して成熟するために、尽力していました。この尊い目標は、人の力ではなく、内に働くキリストの力によってこそ可能となります(ピリピ4:13)。そして、主を信じる者はだれでも、この祝福にあずかっています。パウロはその先例として救われ、召され奉仕してきたのです(1テモテ1:15-16)。このことを信じて進みましょう。